「熱いお湯がかかってしまった」「ヘアアイロンで焼いてしまった」……。 日常のふとした瞬間に起こる「やけど(熱傷)」。ヒリヒリとした痛みや、ぷっくりとできた水ぶくれに、どう対処すればいいのか迷うことはありませんか?
実は、やけどの治療法は日々進化しており、かつて常識とされていた方法が現在では推奨されていないこともあるのです。
今回は、科学的な論文やガイドラインに基づき、やけどの深さの判定から、水ぶくれの取り扱い、病院で行われる専門的な治療、そして軟膏や被覆材の選び方まで、わかりやすく解説していきます。
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やけどの水ぶくれは「II度熱傷」

やけどの治療方針を決める上で最も重要なのが、「やけどの深さ」と「面積」です。 皮膚は表面から「表皮」「真皮」「皮下組織」という層構造になっていますが、熱がどこまで到達したかによって、やけどはI度からIII度(またはIV度)に分類されます。
鏡を見ながら、あるいは患部を観察しながら、ご自身のやけどがどのレベルにあるのか確認してみましょう。
① I度熱傷(表皮熱傷):日焼けのレベル
皮膚の一番外側にある「表皮」だけがダメージを受けた状態です。
- 症状: 皮膚が赤くなり(紅斑)、ヒリヒリとした痛みがありますが、水ぶくれはできません。
- 経過: 通常、数日から1週間程度で赤みや痛みは引き、跡(瘢痕)を残さずにきれいに治ります 。
- 例: 海水浴での日焼け、軽いお湯がかかった程度。
② II度熱傷(真皮熱傷):ここからが本格的な治療対象
表皮の下にある「真皮」まで熱が達した状態です。このレベルの最大の特徴は、水ぶくれ(水疱)ができることです 。ガイドラインでは、このII度熱傷をさらに「浅いもの」と「深いもの」の2つに分けて考えます。d
浅達性II度熱傷(SDB:Superficial Dermal Burn)
- 深さ: 真皮の浅い層までの損傷。
- 症状: 水ぶくれができ、その下の皮膚は赤く(紅色)、濡れています。神経が生きているため、非常に強い痛み(知覚過敏)を伴うのが特徴です。
- 経過: 適切な治療を行えば、通常1〜3週間程度で治癒し、傷跡(瘢痕)はほとんど残りません(色素沈着が残ることはあります)。
深達性II度熱傷(DDB:Deep Dermal Burn)
- 深さ: 真皮の深い層まで損傷が及んだ状態。
- 症状: 水ぶくれの下の皮膚は、赤みが薄れ、白っぽく(貧血色)見えます。重要なポイントとして、知覚神経も損傷を受けているため、浅いものより痛みが鈍い(知覚鈍麻)ことです。「痛くないから軽傷だ」と勘違いしやすいので注意しましょう。
- 経過: 治るまでに3〜4週間以上かかり、高い確率で肥厚性瘢痕(ミミズ腫れのような盛り上がった傷跡)を残します。場合によっては手術が必要になることもあります。
③ III度熱傷(全層熱傷):重症
皮膚の全層(皮下組織まで)が破壊された状態です。
- 症状: 皮膚は白や黒(炭化)、あるいは茶褐色に変色し、硬くなります。神経が完全に焼けてしまっているため、痛みを感じません(無痛)。
- 経過: 自然に治ることは難しく、治ったとしてもひきつれ(拘縮)などの重い後遺症が残ります。原則として植皮手術などの専門的な治療が必要です。
このように、「水ぶくれができている」時点で、それは医学的には「II度熱傷」という中等度以上の怪我であると思っていただくとよいですね。
やけどへの正しい応急処置は?水ぶくれの対処は?

「やけどをした!」 その瞬間の行動が、その後の治癒期間や痛みの程度、そして傷跡の有無を大きく左右します。 民間療法に頼らず、ガイドラインで推奨されている「冷やす」という基本を徹底してください。
① とにかく「流水」で冷やす
受傷直後の組織は、熱を持ったままさらに奥深くまでダメージが進行しようとしています(これを「熱の進行」と呼びます)。これを食い止める唯一の方法が冷却です。
水道水で構いませんので、流水を患部に当て続けてください。各学会で見解が異なることもありますが、おおむね15分〜30分程度が推奨されていますね。痛みが少し和らぐまで、しっかりと冷やし続けることが重要です。
慌てて保冷剤や氷を直接肌に当て続ける方がいますが、これは避けてください。過度な冷却は血流を悪くし、組織損傷を深めたり、凍傷を引き起こしたりするリスクがあります 。あくまで「水道水程度の温度」が最適です。
また、広範囲のやけど(特にお子さんや高齢者)の場合、長時間冷水をかけ続けると体温が奪われ、低体温症になる危険があります。全身が震えるような場合は冷やすのをやめ、保温しながらすぐに病院にいくようにしましょう。
② 衣服は脱がずに「服の上から」冷やす
お湯がかかったり、服に火がついたりした場合、慌てて服を脱ごうとすると、熱で皮膚が服に張り付いており、皮膚ごと剥がれてしまう恐れがあります。
まずは服を着たまま、その上から流水をかけて冷やしてください 。十分に冷やした後、ハサミなどで服を切り開いて患部を露出させるのが安全です。
③ 指輪や時計はすぐに外す
意外と忘れがちなのが、指輪や時計、ブレスレットなどの装飾品です。
やけどをすると、血管の透過性が亢進し(水分が血管外に漏れ出し)、患部は急速にむくんできます。
特に指先のやけどの場合、時間が経って腫れてくると指輪が食い込んで外れなくなり、血流が遮断されて指が壊死する危険性さえあるんですね。(ターニケット効果)
患部を冷やすと同時に、可能な限り早く時計や指輪は外すとよいでしょう。
④ 早めにクリニック・病院に受診する
非常に大切なので繰り返しますが、安易に自己判断せずに早めに病院に受診しましょう。
- 痛みもなかったから、家にある軟膏で様子をみても治らない
- ストーブによるやけどなんて軽いと思っていたから、意識していなかった
- 最初は赤く大したことないと思っていたら、だんだん変な色に変わってきた
など、最初に受診しなかったために、長期間治療が必要になるケースを私自身も多く経験しています。特に「低温やけど」の場合は放置しがちになるので、非常に危険です。気軽に放置せずに「皮膚科」「外科」「形成外科」「救急科」などで診てもらうようにしましょう
(参照:日本皮膚科学会「やけどの応急手当はどうしたらよいですか?」)
(参照:日本創傷外科学会「やけど(熱傷)」)
(参照:熱傷診療ガイドライン(改訂第3版))
やけどの水ぶくれは破く?破かない?

やけどで水ぶくれができると、気になって潰したくなる人も多いことでしょう。
しかし、水ぶくれの皮(水疱蓋)は、原則として「破らずに温存」してください。
2018年の韓国の研究では、水ぶくれの膜をあえて除去したグループと、温存した(内容液だけ吸引した)グループを比較した結果、温存したグループの方が以下の点で優れていたとしています。
- 痛みの軽減: 水ぶくれの膜は、傷口(真皮)を覆う天然の保護シートです。膜を残したほうが、神経が直接空気に触れないため、痛みが有意に緩和されます。
- 感染リスクの低下: 破れていない水ぶくれの中は無菌状態です。膜は、外部の細菌から傷口を守る最強のバリア(天然の絆創膏)として機能します。膜を破って除去してしまうと、細菌が侵入しやすくなり、感染率が高まるというデータがあります。
- 傷跡のきれいさ: 膜を温存したほうが、治った後の傷跡(瘢痕)が軽度で済む傾向があること報告されています。
当院でも基本的には「破かない」ように処置していますが、関節の動きを邪魔したり、感染していたり、パンパンに張っている場合などは、水ぶくれを破く場合もあります。
しかし、それでも清潔な針を使って後々の傷アトを考えながら切開し、中の液体だけを抜くケースが多いですね。決して自分で針を刺したり、ハサミで皮を切ったりしないでください。家庭にある道具では消毒が不十分で、そこからバイ菌が入り、化膿してしまう(蜂窩織炎などになる)リスクが非常に高くなります。
もし自然に破れてしまったら、 無理に皮を剥がさず、流水で優しく洗い、ワセリンなどを塗ったガーゼで保護して、早めに病院を受診するようにしましょう。
やけどへの軟膏の正しい使い方は?

やけどの治療薬は、その「深さ」と「時期」によって使い分ける必要があります。間違った薬を使うと、治癒を遅らせることがいわれています。ここでは応急処置として一般的な使い方を解説しますね。
① 消毒薬(イソジンなど)は原則「不要」
かつては傷口を消毒するのが常識でしたが、現在は「消毒薬は正常な細胞まで傷つけてしまう(細胞毒性がある)」ことが分かっています。
特にヨード製剤(イソジンなど)や次亜塩素酸ナトリウムなどは、傷を治そうとする細胞の働きを阻害する可能性があります 。 ガイドラインの検証でも、消毒薬を使用したからといって治癒期間が短縮するという明確な証拠は見つかっていません。
正しいケアは「洗浄」です。 水道水や生理食塩水で、汚れや細菌を洗い流すだけで十分です。石鹸をよく泡立てて優しく洗い、大量の水で流すのが最も効果的な感染対策です 。
② ステロイド外用薬:ごく初期の「赤み」だけに
「リンデロン」などのステロイド軟膏は、強い抗炎症作用があります。
- 使いどき: I度熱傷(日焼け)や、ごく浅いII度熱傷の受傷直後(2〜3日以内)の赤みや痛みを抑えるために限定的に使われます 。
- 注意点: 漫然と使い続けると、皮膚の免疫力を下げてしまい、細菌感染を助長したり、皮膚の再生(上皮化)を遅らせたりするリスクがありま。水ぶくれが破れているような傷には、自己判断で使わないほうが賢明です。
③ 抗菌薬入り軟膏(ゲーベンなど):深い傷や感染対策に
感染性が高いと判断される場合は、抗生剤や抗菌作用のある軟膏が使われます。
- スルファジアジン銀(ゲーベンクリームなど): 昔からやけど治療の代名詞のように使われてきた白いクリームです。強力な抗菌作用があり、III度熱傷(深い傷)や、感染を起こしている傷には非常に有効で、ガイドラインでも「強く推奨」されています 。 しかし、浅いやけどに使うと、治りを遅らせてしまったり、痛みを伴ったりすることがあるため 、医師の見極めが必要です。
- その他の抗生剤軟膏(ゲンタシンなど): 感染予防のために使われることがありますが、単なる予防投与の効果には議論があり、耐性菌(薬が効かない菌)を生むリスクもあるため、医師の指示に従ってください。
④ ワセリン・プロペト:湿潤環境を守る
浅いやけどで感染の心配が少ない場合は、ワセリンをたっぷりと塗って乾燥を防ぐ「湿潤療法(モイストヒーリング)」が基本です。乾燥させないことで、細胞が活発に動き、痛みを抑えて早くきれいに治ります。
⑤ 民間療法(アロエ、味噌、油など)はNG
アロエ、味噌、醤油、油などを塗る民間療法は、医学的根拠がないばかりか、傷口に雑菌を塗り込むことになり、感染の原因になります。絶対にやめましょう。
このように、結構軟膏の使い方もなかなかやけどを扱いなれていないとわからない部分も多いでしょう。そういった緊急事態のために病院があるのですから、わからなければ自己判断で治療しようとしないで、皮膚科にぜひ受診してくださいね。
【この記事を書いた人】
一之江駅前ひまわり医院院長の伊藤大介と申します。プロフィールはこちらを参照してください。

















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