近年、感染拡大が懸念されている「エムポックス(旧称サル痘)」。
世界保健機関(WHO)は8月14日、エムポックス(旧称サル痘)がコンゴ民主共和国とアフリカ諸国で急拡大していることを受け、緊急事態を宣言しました。実際、アフリカの今後では死者が1000人を超えるとも言われています。
そして、国内では、2022年7月に1例目の患者が確認され、2024年も散発的な患者の発生が報告されているという状況です。また2024年11月にはアメリカでエムポックス重症型の感染者が見つかったとのことで話題になりました。
このように、エムポックスはじわりじわりと拡大しつつあるのです。
今回、そんな「エムポックス」の症状や感染経路、ワクチンなどについて、わかりやすく解説していきます。
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エムポックス(旧称、サル痘)とは?
エムポックスは「サル痘ウイルスによる人獣共通感染症(ヒトと脊椎動物の間を自然に感染しあう感染症)」のことです。サル痘の読み方は「さるとう」であり、「サル天然痘」を略して「サル痘」と呼ばれるようになりました。
しかし、実際にはサルだけに感染するわけではなく、紛らわしいことから「Monkey pox」の頭文字「M」をとって、「エムポックス」と呼称されるようになりました。
その名前の由来からわかる通り、サル痘の原因ウイルスは天然痘のウイルスと同じ「オルソポックスウイルス」に分類されるウイルスです。(二本鎖 DNA ウイルス)
天然痘はワクチンの効果もあって1980年に根絶されましたが、その後天然痘の予防接種が中止されたことで、サル痘が公衆衛生にとって最も重要な「オルソポックスウイルス」として浮上してきました。
ここ最近話題になったので「新種のウイルス」と思われる方もいるかもしれませんが、古くは1970年ザイール(現在のコンゴ民主共和国)での感染が初めてであり、新しいウイルスではありません。
しかし、中央アフリカと西アフリカにとどまってきていたものが、2022年5月からヨーロッパ・アメリカを中心に拡大するようになり、7月25日に日本でも初感染が認められたように、世界中に広がってきていることから、WHOでも緊急対応を要するウイルスとして取り上げられるようになりました。
日本の感染症法では「4類感染症」に位置付けされています。
(参照:厚生労働省「サル痘」について)
(参照:World Health Organazation「Monkeypox outbreak」)
エムポックスの感染経路は?
エムポックスの感染経路は「動物から人への感染」と「人から人への感染」に分けられます。特に日本で気を付けなければならないのは「人から人への感染」です。
「人から人への感染」の場合、だ液や痰などの呼吸器分泌物・感染者の皮膚病変や汚染された物体への密接な接触(性的接触を含む)で起こる場合があります。
「呼吸器分泌物」というと「近づいただけで感染する」と思われるかもしれませんが、そうではありません。エムポックスの感染は非常に長時間での対面接触を必要とするので、濃密に接しなければ感染しません。
実際、16か国で診断された528例の解析結果によると、感染者の95%が性行為のよる感染が疑われおり、感染者の98%がゲイまたはバイセクシュアルの男性、75%は白人、41%はHIV(ヒト免疫不全ウイルス感染者)でした。(年齢中央値38歳)
しかし、医療従事者や同じ世帯の方・常に行動を一緒にしている方に関しては、呼吸器分泌物と通して感染する可能性があります。
英国で診断されたエムポックス患者7人の感染者に関する論文によると、4人は男性で3人は女性でした。1人は病院内で感染された医療従事者であり、1人の方は同じ家族の成人や子供にもウイルス感染を引き起こしたということです。
他にもリネン類を介した医療従事者の感染の報告や、母親から胎児への胎盤を介しての感染のリスクも言われています。
一方、「動物から人への感染」はアフリカのリスやウサギなどのげっ歯類やサルに噛まれたり、直接接触したりなどして感染します。また、調理が不十分な肉や感染した動物の動物製品を食べることもリスク要因としていわれていますね。
特に森林地帯やその近くにすむ方は動物に間接的に接する機会があるので、動物からの感染に気を付ける必要はありますが、日本での「動物からの感染」は「特殊な事情」を考えなければ問題視しなくてもよいでしょう。
(参照:World Health Organazation「Monkeypox FACT sheet 」)
(参照:New England Journal of Medicine「Monkeypox Virus Infection in Humans across 16 Countries — April–June 2022」)
(参照:The Lancet Infectious Diseases「Clinical features and management of human monkeypox: a retrospective observational study in the UK」)
エムポックスの潜伏期間や症状は?
サル痘の潜伏期間(感染から症状の発現までの間隔)は平均5〜13日(範囲4~21日)ですが、5〜21日の範囲で発症する可能性があります。その後、サル痘による全身症状が出現し、欧米の報告例では95%の方が皮膚症状へと移行します。
① 全身症状が主体の時期
潜伏期間のあとに発熱(62%)や激しい頭痛(27%)、リンパ節の腫れ(56%)、筋肉痛(31%)、激しい無力症(エネルギー不足)(41%)を特徴とする全身症状が「1~5日間」続きます。その後、皮膚症状(発疹[ほっしん])が主体の時期に移行します。
② 皮膚症状が主体の時期
発熱から1〜3日以内に95%の方が発疹症状が出現してきます。発疹は、体幹よりも顔や四肢に集中しやすく、顔(95%)・手のひら・足の裏(75%)に出やすいのが特徴ですね。
また角膜だけでなく、口腔粘膜(70%の症例)、生殖器(30%)、結膜(20%)も皮疹ができることがあります。
発疹自体は「底が平らな状態」から「わずかに隆起した固い病変」になり、小胞(透明な液体で満たされた病変)、膿疱(黄色がかった液体で満たされた病変)を通して、徐々にかさぶたのようになってきます。
病変の数は数千から数千までさまざまです。20~42%の方は100個以上出現するという報告もあります。重症の場合、皮膚の大部分が剥がれるまで病変が合体することがあります。こうした一連の症状が2週間~4週間くらい続くとされています。
通常は、2~4週間で徐々に軽快されていきますが、一部の方は重症化して入院する場合があります。欧米での論文によると、主に以下の理由で入院されています。
- 重度の肛門直腸痛
- 皮膚・軟部組織の重度の感染症
- 経口摂取できないほどの重い咽頭炎
- 眼の病変(視力喪失を伴う角膜の感染)
- 急性の腎障害
- 心筋炎
- 感染管理の目的
他の合併症としては、敗血症、気管支肺炎、脳炎などを併発することがあります。
(参照:World Health Organazation「Monkeypox FACT sheet 」)
(参照:New England Journal of Medicine「Monkeypox Virus Infection in Humans across 16 Countries — April–June 2022」)
(参照:The Lancet Infectious Diseases「Clinical features and management of human monkeypox: a retrospective observational study in the UK」)
(参照:The Lancet「Monkeypox」)
エムポックスの死亡率・致死率は?
エムポックスの死亡率はLancetからの報告によると、中央アフリカで1~12%、ナイジェリアで3.6%と幅があります。2022年のアウトブレイクの時は0.1%未満でした。特に妊婦・幼児や免疫不全の方では致死率は高くなりやすくなります。
天然痘に対するワクチンにより予防することができますが、日本では1976年以降、天然痘に対するワクチン接種は行われていません。(天然痘ワクチン接種により約85%発症予防効果があるとされています)そのため、天然痘ワクチン接種をされていない方は、病気にかかりやすくなる可能性がありますね。
エムポックスは感染症法で「4類」に該当する感染症であり、医療機関も保健所に届け出が必要です。感染経路を理解し「エムポックスかな?」と思ったら、感染拡大防止や早期治療のためにも医療機関に受診するようにしましょう。
(参照:厚生労働省「エムポックスについて」)
エムポックスの治療法は?
エムポックスの治療は、大きく分けて「症状を和らげるサポートケア」と「抗ウイルス薬の使用」があります。
① 対症療法
例えば、対症療法と以下のことが言われていますね。
- 痛みの緩和:多くの患者さんが、口や肛門周辺の痛みを感じます。鎮痛剤を使って痛みを和らげます。
- 肛門の症状:肛門の炎症(直腸炎)がある場合、便を柔らかくする薬や、局所麻酔薬のリドカインを使用します。
- かゆみの対処:抗ヒスタミン剤の服用や外用薬などでかゆみを抑えます。
- 脱水の防止:十分な水分補給が難しい場合、点滴やカテーテルを使って水分を補給します。
- 皮膚のケア:大きな潰瘍や膿がたまった場合、医療的な処置(排膿や傷の手当て)が必要です。細菌感染が起きた場合は、抗生物質を使用します。
このように、現時点では
② 抗ウイルス薬の使用(現時点では困難)
現在、エムポックスに特化した抗ウイルス薬はありませんが、以下の3つの薬が効果を期待されています。
- テコビリマット(Tecovirimat):
- 特徴:エムポックスウイルスの広がりを防ぐ薬です。
- 使用対象:重症の患者さんや、重症化リスクの高い方(免疫力が低い方、小さなお子さん、アトピー性皮膚炎の方、妊婦さん、授乳中の方)に優先的に使われます。
- 副作用:頭痛、吐き気、腹痛などが報告されていますが、一般的に安全性は高いとされています。
- シドフォビル(Cidofovir):
- 特徴:ウイルスのDNAの増殖を妨げます。
- 注意点:腎臓に負担をかけるため、腎機能に問題がある方や妊婦さんには使用できません。
- ブリンシドフォビル(Brincidofovir):
- 特徴:シドフォビルの改良版で、飲み薬です。
- 注意点:肝機能への影響が報告されており、一部の患者さんで使用が中止されています。
2024年12月6日にテコビリマットが厚生労働省で認可されたばかり。
これらの薬は、まだ広く認可されておらず、緊急時の特別な許可のもとで使用されています。(当院でもこれらの薬はまだ取り扱っておりません)
(参照:World Health Organazation「Monkeypox FACT sheet 」)
(参照:CDC「Monkeypox」)
(参照:国立感染症研究所「サル痘とは」)
エムポックスへのワクチンは?
エムポックス(旧称:サル痘)は、天然痘ウイルスやワクシニアウイルスと同じ「オルソポックスウイルス属」に属するDNAウイルスです。これらのウイルスは免疫反応において交差反応を示すため、天然痘ワクチンがエムポックスの予防にも効果的であることが古くから示唆されてきました。
そのため、天然痘ワクチンを主に使用することになります。
① 天然痘ワクチンの種類
天然痘ワクチンは、その開発の歴史に沿っていくつかの世代に分類されます。最初の「第一世代」ワクチンは、生きたワクシニアウイルスを使用したもので、高い免疫効果がありました。しかし、副反応として脳炎などの重篤な症状が報告され、安全性の問題から現在では使用されていません。
「第二世代」のワクチンとしては、ACAM2000などがあり、第一世代を改良して安全性を高めたものです。それでも、ウイルスが体内で増殖するため、免疫力が低下している方や皮膚疾患のある方には副作用のリスクが残っています。
最新の「第三世代」ワクチンには、IMVANEX(別名:JYNNEOS)があります。これは、増殖できないウイルスを使用しており、安全性がさらに向上しています。免疫力が低下した方にも安全に接種でき、重篤な副反応はほとんど報告されていません。
② 日本の国産ワクチン:LC16m8
日本では、独自に開発された「LC16m8ワクチン」があります。これは、第一世代のLister株を弱毒化したワクシニアウイルスを使用しており、高い免疫効果を持ちながら、副反応を抑えることに成功しました。1973年から約5万人の小児に接種され、重大な副反応は報告されていません。また、自衛隊員への接種でも安全性が確認されています。
当初、LC16m8ワクチンは天然痘に対するワクチンとして承認されていましたが、天然痘の根絶により一時的に使用が中止されました。しかし、エムポックスへの有効性が期待されることから、2022年8月にエムポックスに対する予防効果が正式に承認されました。
さらに、このKMバイオロジクスの『乾燥細胞培養痘そうワクチン LC16「KMB」』は2024年の11月にWHOの緊急使用リストに登録されています。
③ ワクチンの有効性
エムポックスに対する天然痘ワクチンの有効性は、1980年代のアフリカでの調査で明らかになり、ワクチン接種により発症を約85%防ぐ効果があると報告されています。また、2022年の世界的なエムポックス流行においても、ワクチンの有効性が再確認されました。
しかし、ワクチン接種による免疫がどれくらいの期間持続するのか、また免疫反応の詳細なメカニズムについては、まだ完全には解明されていません。そのため、さらなる研究が必要であり、次世代のワクチン開発も重要な課題となっています。
残念ながら、当院含めて、現時点では一般的なクリニックでエムポックスもワクチンを打つことはできません。状況が変わり次第、随時変更いたします。
(参照:国立感染症研究所「エムポックスに対するワクチン」)
(参照:エムポックスワクチン『乾燥細胞培養痘そうワクチン LC16「KMB」』の WHO 緊急使用リスト登録に関するお知らせ)
エムポックスについてのまとめ
今後感染拡大が懸念される「エムポックス」について解説していきました。まとめると次のようになります。
- エムポックスは、アフリカで発生していたが、近年欧米にも広がり、日本にも感染例が認められたウイルス感染症である
- 95%は性的接触による感染であるが、同居されている家族や医療従事者、リネンなどの寝具を介した感染なども報告されている。
- 頭痛や発熱、リンパ節の腫れなどから95%は皮膚症状に移行する。皮膚症状は多彩であり、2週間~4週間で軽快される。
- ただし、一部腎障害や激しい疼痛や二次感染などにより合併症が生じ、後遺症が死亡する可能性がある。WHOでは最近の症例では致死率は3%~6%としているがバラつきがある。
- 治療薬はあるものの、国内では流通していないため、対症療法が中心である。暴露後でもワクチン接種を行うと重症化予防効果があるが、一般的に流通していない
新型コロナのように感染するには濃密な接触がないと感染しない分、新型コロナより致死率が高く、見慣れない分、医療従事者としては気をつけたい感染症の1つですね。
皮膚症状はかなり特徴的ですので、ご心配な方は最寄りの医療機関に相談するようにしましょう。
【この記事を書いた人】
一之江駅前ひまわり医院院長の伊藤大介と申します。かかりつけ医として、内科皮膚科中心に幅広く診療しております。プロフィールはこちらを参照してください。
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