突然ですが、皆さんはマイコプラズマ肺炎をご存じでしょうか?
マイコプラズマは気管支炎や肺炎の原因になる細菌の1種ですが、マイコプラズマ肺炎は症状も治療も一般的な肺炎とは異なるため、診断や治療に難渋しやすいのが特徴です。
実際、2024年にマイコプラズマが流行し問題にもなっています。コロナや他の感染症の流行もあるので余計見逃されやすいでしょう。
そんなマイコプラズマですが、どんな特徴を持つ感染症なのでしょうか。今回はマイコプラズマ肺炎の原因や症状、検査、治療方法、うつりやすさから治療法に至るまでわかりやすく解説していきます。
Table of Contents
マイコプラズマ肺炎とは?
マイコプラズマ肺炎とは「肺炎マイコプラズマ(Mycoplasma pneumoniae)」による肺炎症状のこと。マイコプラズマは細菌の1種ですが、実際は「マイコプラズマ属」である100種類を超える種があります。
マイコプラズマ肺炎は本来成人市中肺炎の最大5.2%~27.4%も占めるといわれています。特に、マイコプラズマは通常の肺炎と異なり主に 5 ~ 14 歳の子供と若い成人に発生しやすいといわれているので、若年者の肺炎では必ず念頭に置かなければならない感染症です。
そんなマイコプラズマですが、他の肺炎をきたす細菌を大きく違う病原体としての性質があります。それは「細胞壁」という構造を持たないことです。通常、細菌は自分を守るために細胞壁をもつのですが、マイコプラズマは代わりに細胞膜が厚く発達して自分の身を守っています。
細胞壁がないマイコプラズマはその分柔軟で他の環境に適応しやすく、後述するようにペニシリンやセフェム系と呼ばれる抗生物質が効きません。さらに、抗原構造が変化しやすくワクチンも開発しにくいのです。やっかいな細菌ですね。
さらに最近の論文によると、コロナ禍による制限が解除されて人の行き来が活発化したためにマイコプラズマ感染症は特にヨーロッパ・アジアを中心に増加傾向にあります。
実際マイコプラズマは2024年現在近年にない流行をみせており、2024年8月時点で定点観測で2.0人を超える勢いとなりました。そのため、今後の動向に注意が必要な感染症の1つです。
(参照:National Library of Medicine「Mycoplasma Infections」)
(参照:Mycoplasma pneumoniae: delayed re-emergence after COVID-19 pandemic restrictions)
(参照:東京都「マイコプラズマ肺炎の流行状況」)
マイコプラズマ肺炎の症状は?
マイコプラズマ肺炎の潜伏期間は2~3週間と比較的長いです。なので「いつ誰と感染した」というのはなかなか言いにくい感染症ですね。
初発症状は全身倦怠感や頭痛(典型的)、発熱ですが、発熱はないこともよくあります。むしろマイコプラズマ肺炎に一番特徴的なのは、3-5日後くらいに起こる「痰を伴わない乾いた咳」でしょう。
この頑固な咳は解熱後も長く続くこともあり、3~4週間続くこともあります。これだけ長く続くと非常につらいですよね。
実際、マイコプラズマを含む「非定型肺炎」と通常の「細菌性肺炎」を区別する方法として、以下の方法が採用されていることが多いです。1から5までの5項目のうち3項目が合致していると、非定型肺炎の疑いが強くなり、感度83.9%、特異度は87%に達します。
- 年齢60歳未満
- 基礎疾患がない、あるいは軽微
- 頑固な咳がある
- 胸部聴診上所見が乏しい
- 痰がない、あるいは迅速診断法で原因菌が証明されない
さらに、「末梢白血球数が10,000/μL未満である」を加えた診断法の場合は感度77.9%、特異度93.0%(4項目合致時)まで上昇します。実際、「ゼーハー」するような努力性呼吸を伴ったり、「ゼロゼロ」するような多量な痰を伴う。肺炎というのは、マイコプラズマ肺炎には見られにくいです。
また、聴診器を当てても、通常の肺炎では「ronchi」と呼ばれるいびきをかくような音や、断続性副雑音(ラ音)と呼ばれる雑音が見られることが多いですが、マイコプラズマ肺炎にはそれが聞こえにくい。
なので、マイコプラズマでむしろ「所見の目立たなさ」が際立ちますね。したがって「突然咳が出てきてずっと収まることがなく、あまり所見として目立たない」場合は、マイコプラズマも念頭に入れて診療していますね。
ちなみに、マイコプラズマは多型滲出性紅斑を中心に、皮疹を認めることがしばしばあります。なので、全身に皮疹が出た時にも疑うことがあります。
他に中耳炎、無菌性髄膜炎、脳炎、肝炎、膵炎、溶血性貧血、心筋炎、関節炎、ギラン・バレー症候群と稀ながら多彩な合併症をきたすことがあります。
(参照:JAID/JSC 感染症治療ガイドライン―呼吸器感染症―)
(参照:成人肺炎診療ガイドライン2024)
マイコプラズマ肺炎を疑った時の検査は?
では、マイコプラズマ肺炎を疑った場合はどんな検査をするのでしょうか。多くの場合以下の3つを行うことが多いですね。
① 画像検査(レントゲン検査・CT検査)
やはり肺炎を疑った時点で、どの程度の肺炎なのかを知る方法としてレントゲン検査やCT検査を行うことが多いですね。また実際、マイコプラズマ肺炎と一般的な細菌性肺炎では画像所見も異なることがしばしばあります。
例えば、マイコプラズマのレントゲン所見とCT所見を比較検討した論文によると、マイコプラズマ肺炎では、一般の肺炎には見られにくい「すりガラス状陰影」が見られやすい(CTで86%)ことがわかっています。また、別の論文では、気管支の飛行や小葉中心性粒状陰影などの所見もマイコプラズマに多いとされていますね。
また、マイコプラズマ肺炎の小児1,401名を対象とした臨床試験では、画像の所見によって重篤になりやすいパターンがあるとのことで、重症度評価としても有用であるという結果もでています。
したがって、マイコプラズマかどうかを鑑別するだけでなく、重症度を推し量る意味でも画像検査は有用と言えます。
② マイコプラズマ迅速抗原検査
実は当院でも扱っていますが、マイコプラズマも迅速抗原検査キットがあります。抗原検査はインフルエンザやコロナのように15分程度で検査結果がでるメリットがあるものの、感度が低いことがデメリットです。感度としても60-80%程度とばらつきがあります。
実際、マイコプラズマ抗原検出キットの精度を確認した論文によると「咽頭ぬぐい液を材料にしているため、菌の増殖部位である下気道からの採取が困難であることから」あくまで診断材料の 1 つであり,適性診断のためには複数の診断法を併用するのが現状である」としていますね。
また、咽頭から検出し精度の高い「マイコプラズマ核酸検出(LAMP)法」という検査もあるものの、非常に時間がかかるので外来での診断には不向きです。
したがって、臨床情報の1つとして活用しながら、適宜他の検査と組み合わせて判断するようにしています。
➂ 血液検査
肺炎の重症度評価と肺炎の分類、またマイコプラズマ抗体価(PA法)という精度の高い検査をするためにも、血液検査を実施することがあります。
上記のようにマイコプラズマ肺炎では一般的な肺炎と違い白血球の数が少ないことが特徴であり「末梢白血球数が10,000/μL未満である」というのが診断基準の1つになりえます。
また、CRPなど他の炎症性マーカーと組み合わせることで、重症度もそれなりに推し量ることもできます。なにより、2-3日かかるのが難点ですが、血液検査でマイコプラズマ抗体価を測定すれば、精度の高い検査を実施することができます。
したがって核酸検出法と同様「どうしても肺炎の原因を知りたい」「マイコプラズマであることを証明したい」という方は抗体価検査がおすすめになります。
(参照:Mycoplasma pneumoniae Pneumonia: Radiographic and High-Resolution CT Features in 28 Patients)
(参照:Chest imaging classification in Mycoplasma pneumoniae pneumonia is associated with its clinical features and outcomes)
(参照:市販されている 5 種類のマイコプラズマ抗原検出キットにおける検出感度試験)
(参照:市中肺炎の画像 ―画像所見から原因微生物は推定可能か?)
マイコプラズマ肺炎はうつる?
マイコプラズマはうつりやすい感染症なのでしょうか。結論からいうと、マイコプラズマは比較的小児や若年者にとっては「うつりやすい感染症」といえます。
マイコプラズマは主に飛沫感染といって、咳やくしゃみなどにより細かい唾液や気道分泌物が空気中に飛び出すことで、約1メートルの範囲で人に感染させます。また接触感染もあります。
しかし、マイコプラズマの潜伏期間は2-3週間もあります。したがって、感染経路が特定できずに広がりやすいのです。しかも症状自体が発熱もなく「頑固な咳だけ」という特定しづらい状況なのにも拍車がかかりますね。
実際、中国で気管支喘息のため入院した小児患者 22,882 例のマイコプラズマの陽性率を検査したデータによると、なんと18.41%(4,213人)もの子供がマイコプラズマに感染していた、というデータもあります。
しかしご安心ください。比較的濃厚な接触で感染するため、麻疹やインフルエンザのように学校で一気に流行するということはまれです。
また、同論文でも「新型コロナの時に実施していた予防対策はマイコプラズマにも効果的であった」としています。したがって、マスク着用や空間隔離、アルコール消毒、うがいなどはマイコプラズマにも有効ということです。
したがって、マイコプラズマとわかっている方や長引く咳でマイコプラズマが疑われている方と近い距離で接触する方は、適切な予防処置をとることでマイコプラズマからの感染を防ぐことができるでしょう。
マイコプラズマの治療方法は?
マイコプラズマでやっかいなのは、使う抗生物質の種類が異なるということです。前述の通りマイコプラズマでは細胞壁をもたないので、細胞壁に作用して殺菌するペニシリンやセフェム系抗生物質が効かないのです。
そのため、マイコプラズマ肺炎では細胞壁に作用しないタイプの別の抗生物質を使います。例えば次の通りです。
- マクロライド系抗生物質:クラリスやジスロマックなど。細菌のタンパク質合成を阻害し、細菌の増殖を抑えることで効果を発揮します。マイコプラズマでは第一選択になる抗生剤ですが、近年マクロライド耐性マイコプラズマがいることで問題になっています。
- テトラサイクリン系抗生物質:ミノマイシンなど。こちらも細菌のタンパク質合成を阻害し、細菌の増殖を抑えることで効果を発揮します。ただし、ミノマイシンは8歳未満だと永久歯に黄色い線がはいってしまうことがあるので、原則禁忌とされています。
- ニューキノロン系抗生物質:ジェニナックやラスビック、オゼックスなど。最近のDNAの複製を抑えることで効果を発揮します。しかし、テトラサイクリン・ニューキノロンもマクロライドよりも最小発育阻止濃度が高い(=効果を発揮するまでに十分量投与しなければならない)ことから第二選択になっています。
ただし特に小児においては、マイコプラズマ肺炎の自然治癒傾向が確認されているので、「絶対抗生剤を使わないと治らない」ということはありません。また前述の通り、診断にくい細菌感染症でもありますよね。
長引く咳と一言でいっても色々な疾患があります。したがって、他の感染症や疾患のことも念頭に入れながら、適切な検査方法と治療薬を組み合わせて対処するようにしています。
なので、マイコプラズマのことを含めて、ぜひご遠慮なくご相談ください。一人ひとりに合わせて最善と思う検査・治療プランを提案させていただきます。
(参照:日本小児科学会「小児肺炎マイコプラズマ肺炎の診断と治療に関する考え方」)
あわせてこちらもおすすめです
- 咳や痰はコロナから?いつまでも長引く咳の対処法について解説
- 大人のRSウイルスの症状や検査、出勤停止期間について
- 花粉症で咳がでるのはなぜ?アトピー咳嗽の症状や治療、咳喘息の違いについて解説
- 咳止めが不足している理由は?咳止め薬不足の現状について【厚生労働省】
- 大人の「アデノウイルス」の症状や特徴について【プール熱・出勤停止期間】
- 咳止めで使う漢方薬について解説【麦門冬湯・五虎湯・麻杏甘石湯】
- 大人の喘息・咳喘息について解説【原因・チェックリスト・吸入薬】
【この記事を書いた人】
一之江駅前ひまわり医院院長の伊藤大介と申します。プロフィールはこちらを参照してください。
この記事へのコメントはありません。