いま話題の「ハンタウイルス」の特徴について【症状・感染力・アンデス株・ワクチン】

クルーズ船での集団感染が発生し、注目を集めている「ハンタウイルス」。

おそらく、多くの方にとっては耳慣れない言葉かもしれません。しかし、このウイルスは世界中でひそかに広がりを見せているウイルスで、決して対岸の火事ではありません。

今回は、最新の医学論文や研究データをもとに、ハンタウイルス感染症の正体や、特異な性質を持つ「アンデス株」の脅威、具体的な症状、そして私たちが期待できるワクチンについて、詳しく一緒に見ていきましょう。

ハンタウイルス感染症とは?

ハンタウイルス感染症とは、ブニヤウイルス目、ハンタウイルス科、オルトハンタウイルス属に分類されるRNAウイルスを原因とする感染症のこと。

あまり知られていないかもしれないですが、ハンタウイルスは、私たちの世界において年間20万人以上の感染を引き起こしており、公衆衛生上の大きな脅威となっています。近年では気候変動や人々の生活圏の拡大によって、新たなウイルス株が見つかったり、感染の報告数が増加したりしているんですね。

ハンタウイルス感染症は、原因となるウイルスの種類と流行している地域によって、大きく2つの重篤な病気に分けられます

  • 腎症候性出血熱(HFRS):主にアジアやヨーロッパ(旧世界)で流行しています。ハンターンウイルスやソウルウイルスなどが原因となり、症状は無症状のものから重篤な出血を伴うものまで様々です。死亡率は5%から15%程度とされています。
  • ハンタウイルス肺症候群(HCPSまたはHPS):南北アメリカ大陸(新世界)で発生する感染症です。シンノンブレウイルスやアンデスウイルスによって引き起こされ、死亡率は30%から最大50%にも達する非常に危険な病気です。

これらウイルスの自然界での主な宿主(ウイルスの住みか)は、ネズミなどの特定の齧歯類です。

ネズミ自体はウイルスに感染しても無症状のまま、生涯にわたって尿や糞、唾液の中にウイルスを排出し続けます。 私たち人間への主な感染ルートは、これらのネズミの排泄物が乾燥して目に見えない微粒子(エアロゾル)となり、それを空気と一緒に吸い込んでしまう「飛沫核感染」によるものです。

そのため、農業や林業に関わる方々や、ネズミが入り込んだ納屋や古い空き家の掃除をする方々は、ウイルスに触れるリスクが高まるといわれています。

(参照:Hantavirus: an overview and advancements in therapeutic approaches for infection

ハンタウイルス感染症のアンデス株とは?

数あるハンタウイルスの中でも、特に私たちが警戒しなければならないのが、南アメリカ(特にアルゼンチンやチリのパタゴニア地方)の固有種である「アンデス株」です。

このアンデス株は、他のハンタウイルスとは全く異なり「人から人へ感染する」という特徴があります

通常、ハンタウイルスは「ネズミから人間」へと感染し、人間から別の人間へとうつることはありません(これを終末感染と呼びます)。しかし、アンデスウイルスは現在見つかっているハンタウイルスの中で唯一、例外的に「人から人への直接感染」を引き起こす能力があることがあるんですね。

そのため、家族の中での集団感染や、病院での院内感染、さらには地域コミュニティ全体でのアウトブレイクを引き起こす可能性を秘めているのです。

なぜアンデス株だけが人間同士で感染できるのでしょう。その秘密は、ウイルスの巧妙な「免疫逃避機構(免疫から逃れる仕組み)」にあります。

通常、私たちの体にウイルスが侵入すると、細胞がそれを察知して「インターフェロン」という物質を出し、ウイルスの増殖を食い止めようとします。

しかしアンデスウイルスは、自分自身の持つ複数のタンパク質を使って、この人間の初期免疫反応を強力にブロックしてしまうのです。初期の防衛線を突破されたことで、症状が出る前の潜伏期間中に、患者の血液や呼吸器系の分泌物の中に極めて大量のウイルスが蓄積されてしまい、結果として別の人へと感染を広げる力を持ってしまうと考えられています。

また、ハムスターを使った動物実験でも、ハムスター同士を一緒に飼育するだけで100%の確率で感染が広がるという驚異的な伝播力を持っていることが確認されました。これは噛みつきなどの外傷ではなく、呼吸や飛沫などを通じて感染したと強く推測されており、その感染力の強さがうかがえますね。

(参照:Person-to-Person Transmission of Andes Virus in Hantavirus Pulmonary Syndrome, Argentina, 2014
(参照:Virological characterization of a new isolated strain of Andes virus involved in the recent person-to-person transmission outbreak reported in Argentina

ハンタウイルス感染症の症状は?

では、もしハンタウイルスに感染してしまった場合、どのような症状が現れるのでしょうか。

例えば、特にアンデスウイルスなどによる「ハンタウイルス肺症候群(HCPS)」の進行は急激で、非常に恐ろしいものです。

症状は大きく分けて、初期の「前駆期」と、重症化する「心肺期」の2つの段階をたどります。

第一段階:前駆期(発症から3日から6日間持続)

最初は、インフルエンザに似た症状から始まります。高熱、悪寒、重い筋肉痛、頭痛、そして強い倦怠感などが現れますね。

ここで気をつけたいのは、鼻水や喉の痛みといった一般的な風邪症状は少ない一方で、吐き気や嘔吐、下痢、激しい腹痛といった「消化器症状」が高い頻度で起こることです。このお腹の症状のせいで、最初は盲腸などの別の病気と勘違いされてしまうことも多いようです。

第二段階:心肺期

前駆期に続いて、急激に体調が悪化します。ウイルスによって肺の毛細血管が傷つけられ、血液中の水分が肺の中に急速に漏れ出してしまいます。そのため、急な咳や呼吸困難、重度の肺水腫(肺に水がたまる状態)が引き起こるのです。

同時に、血圧が急激に下がり、最悪の場合は循環ショックや多臓器不全に至ります。アンデスウイルス感染の死亡率は約32%から40%と推定されており、亡くなる方の約75%がこのショック状態によるものだといわれています。

ハンタウイルス感染症の具体的な症状の割合

具体的な症状の割合について、チリの入院患者80名を対象とした研究と、アルゼンチンのアウトブレイク患者34名のデータを統合した結果を見てみましょう。

  • 発熱:チリの患者で91.0%、アルゼンチンの患者で64.7%に見られました。
  • 筋肉痛:チリの患者で71.0%、アルゼンチンの患者で47.1%に見られました。
  • 悪寒:チリの患者で10.0%でしたが、アルゼンチンの患者では58.8%と高頻度で見られました。
  • 消化器症状:腹痛が44.0%、吐き気や嘔吐が24.0%、下痢が21.0%、食欲不振が21.0%と、やはり消化器系の症状も少なくありません。
  • 呼吸器症状や頭痛など:頭痛が49.0%、呼吸窮迫(息苦しさ)が45.0%、、咳が40.0%、強い倦怠感が39.0%の割合でチリの患者から報告されています。

病院での胸部X線検査では、なんと患者の94%に肺への浸潤影(異常な影)が認められ、そのうち95%が両方の肺に広がっていたことが確認されています。

さらに、重症化して命の危険が高まるサインとしては、血液検査での「血清クレアチニン値の上昇」や「ヘマトクリット値の上昇」が挙げられます。これらは、血液中の水分が血管の外に漏れ出して血液がドロドロになっている危険な状態を示しており、早急な集中治療が必要となります。

(参照:Hantavirus Pulmonary Syndrome , Southern Chile, 1995–2012
(参照:Virological characterization of a new isolated strain of Andes virus involved in the recent person-to-person transmission outbreak reported in Argentina

ハンタウイルスの感染力は?

では、ハンタウイルスはどれくらいつよい感染力を持つのでしょう。

まず、新型コロナウイルスのように換気の悪い空間で広範に空気感染する性質のものではありません。

主な感染経路は「濃厚で持続的な接触」や「体液の直接的な交換」によるものです。​

しかし、その感染力は決して侮れません。例えば、2018〜2019年にかけてアルゼンチンの事例では、最初にネズミから感染した人が誕生日パーティーや葬儀などに参加したことで、次々と二次感染が起こりました。

最終的に34名が感染し、11名もの方が亡くなるという痛ましい結果となりました。​

この時の「基本再生産数(1人の感染者が、誰も免疫を持たない集団で平均して何人にうつすかを示す数値)」は、「2.12」と計算されたのです。

これは、初期の新型コロナウイルスの数値(2から3)に匹敵するものであり、集団の中で感染を拡大させるには十分すぎるほどの強い力です。

​また、家庭内での二次感染率(同じ家に住んでいる人にうつる確率)についてのチリでの大規模な調査によると、同居家族や濃厚接触者への感染率は約3.36%でした。

数字だけ見ると低く感じるかもしれませんが、感染者との関係性によってリスクは劇的に変わります。感染者の「性的パートナー」は、それ以外の同居家族と比べて感染リスクがなんと「10倍」も高いことが示されたのです。

性的関係がなくても、同じベッドや部屋を共有したり、ディープキスなどの密接な接触をしたりした場合は、リスクが著しく跳ね上がりました。​これは、患者の体液にウイルスが含まれていることが原因だと考えられます。

最近では、母親の母乳から新生児へ感染した事例も2件確認されており、体液を通じた直接的な接触が最大の感染ルートであることがうかがえますね。

さらに恐ろしいのが、クルーズ船のような「閉鎖空間」での感染拡大です。

2026年春に南大西洋を航行していたクルーズ船内で集団感染が発生しました。船内にはネズミはいなかったため、旅行客の間で人から人への感染が起きたと強く疑われています。

このように、症状が出ていない感染者が交通機関を使って長距離を移動することで、突如として別の場所で感染が広がるリスクがあるのです。

(参照:VIRAL SHEDDING AND VIREMIA OF ANDV DURING ACUTE HANTAVIRUS INFECTION: A PROSPECTIVE STUDY
(参照:Virological characterization of a new isolated strain of Andes virus involved in the recent person-to-person transmission outbreak reported in Argentina

ハンタウイルス感染症の潜伏期間は何日くらい?

ハンタウイルスの潜伏期間は、どのように感染したかによって大きく異なります。

第一に、自然の中でネズミの排泄物などから環境を通じて感染した場合、潜伏期間は通常4日から最大で42日と、非常に幅広いと報告されています。一般的には1週間から6週間程度と言われています。

第二に、アンデスウイルスのように「人から人へ直接感染」した場合です。複数の調査データによると、この場合の潜伏期間は「9日から40日」の範囲に収まることが分かっています。平均すると、だいたい「18日から18.5日」くらいになると推測されています。

この「数週間から最長で40日」にも及ぶ長い潜伏期間は、感染対策を行う上で最も頭を悩ませる要因です。なぜなら、ウイルスをもらった人は、数週間の間、全く健康な状態のまま日常生活を送り、飛行機などで遠く離れた別の国へ移動することもできてしまうからです。

そのため、もしアンデスウイルスに感染した人と濃厚に接触してしまった場合は、最後に接触した日から数えて「最長42日間」という長い期間、厳重に隔離をして体調の変化を監視することが、医学的にも強く推奨されています。

(参照:CDC「About Andes Virus」
(参照:Person-to-Person Transmission of Andes Virus in Hantavirus Pulmonary Syndrome, Argentina, 2014

ハンタウイルスに対するワクチンはあるのか

2026年現在、世界中のどの機関(FDAやWHOなど)からも、すべてのハンタウイルスに効くワクチンとして正式に承認されているものはありません。しかし、世界中の研究者たちがこの脅威に立ち向かうため、ワクチンの開発を急ピッチで進めています。

現在、大きく分けて2つの有望な研究が進んでいます。

一つ目は、アジアで流行している腎症候性出血熱(HFRS)向けの「不活化ワクチン」です。 韓国で開発された「Hantavax(ハンタバックス)」というワクチンがあり、すでに一定の利用がされています。しかし、効果を長続きさせるためには何度も追加接種が必要だという課題がありました。

そこで行われた第III相臨床試験では、最初の2ヶ月間に3回打ち、13ヶ月目にもう一度追加で打つという「3プラス1」のスケジュールが試されました。 その結果は非常に良好で、最初の3回を終えた段階で、ウイルスを無力化する抗体ができた割合(セロコンバージョン率)は80.97%から92.81%とされています。13ヶ月目の追加接種の後も長期的な効果が確認されており、実際の環境での発症予防効果は全体で59.1%、感染が多い地域に限定すると78.7%という有効性が報告されています。

ただし、このワクチンはあくまでアジア系のウイルス向けであり、恐ろしい南米の「アンデスウイルス」には全く効果がありません。

そこで二つ目として、アンデスウイルスに直接対抗するための「次世代DNAワクチン」の開発が進んでいます。 米国陸軍感染症医学研究所などのチームが開発しているこのワクチンは、注射針を使わずに高圧で皮膚の細胞に薬を打ち込む「針なし注射器」を使用する最先端のものです。

健康な大人48名を対象に行われた最初の試験(第1相臨床試験)では、非常に高い安全性が確認されました。命に関わるような重篤な副作用はゼロで、起きた副作用も注射した場所の赤み(98%)や頭痛(52%)、疲労感(48%)といったもので、ほとんどが1日以内に治る軽度から中等度のものばかりでした。 最も気になる効果についても、最大量の4mgを4回投与したグループにおいて、ウイルスを無力化する極めて強力な抗体が作られ、その効果が長期間(試験終了の337日目まで)維持されることが世界で初めて証明されました。

さらに、予防だけでなく、もし感染して発症してしまった後のための「治療薬(モノクローナル抗体)」の研究も進んでいます。動物(ハムスター)を使った実験では、選ばれた抗体を投与することで、致死的なアンデスウイルスの感染から「100%の保護効果(生存率の維持)」を示すことが確認されています。

これが将来的に人間の治療薬として実用化されれば、ハンタウイルスの脅威を減らす大きな武器になるでしょう。

(参照:Vaccines and Therapeutics Against Hantaviruses
(参照:Safety and Immunogenicity of an Andes Virus DNA Vaccine by Needle-Free Injection: A Randomized, Controlled Phase 1 Study

まとめ:ハンタウイルスが蔓延したときの対策法

さて、治療薬もワクチンもないハンタウイルス。

しかし、現時点では、まだ感染力も新型コロナのように強くないですし、アンデス株のような「人から人への感染」をするウイルスが主体になっていないので、蔓延することはないでしょう。

したがって、ハンタウイルスの感染対策をするとすれば、まだ「ネズミへの対策」を中心にすればよいと思います。

まず最も基本的な対策は、「ネズミとの接触を避けること」ですね。 住居や作業場にネズミが侵入しないよう、隙間を塞いだり、食べ物を放置しないようにしましょう。特にキャンプやアウトドアを楽しむ際は、ネズミがいそうな茂みや古い小屋には近づかないことが賢明です。

次に重要なのが、「掃除の際の工夫」です。 もしネズミの形跡がある場所を掃除しなければならない場合、絶対に「乾いた状態で掃き掃除や掃除機がけ」をしてはいけません。ウイルスを含んだ排泄物が空気中に舞い上がり、それを吸い込んでしまうリスクが高まるからです。

掃除をする際は、まず市販の消毒液(次亜塩素酸ナトリウムなど)や洗剤をしっかり散布して、埃が舞わないように湿らせることが推奨されています。ハンタウイルスは「エンベロープ」という脂質の膜に包まれているため、アルコールや石鹸、一般的な消毒剤で簡単に死滅させることができるのです。

また、本当にリスクが高い場所での作業には、適切な「個人防護具」を着用しましょう。 通常のマスクよりも細かい粒子を防げる「N95マスク」や、ゴム手袋、ゴーグルの着用が、感染リスクを大幅に下げてくれます。

そして、万が一!アンデスウイルスの感染者と濃厚な接触があった場合には、速やかに医療機関に相談し、「42日間」の健康観察期間を設けることが大切です。(ただし検査は通常のクリニックで受けることは難しいので、感染所研究所などに相談するとよいと思います)

この期間中に発熱などの症状が出た場合は、すぐに適切な治療を受けてください。

【この記事を書いた人】 
一之江駅前ひまわり医院院長の伊藤大介と申します。プロフィールはこちらを参照してください。

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